2019年1月10日木曜日

【42歳】何者にもなれないことに気づいて【決めたこと2019年】


後厄の年(42歳)ともなれば
人生も折り返し地点を過ぎ、
日々を暮す中で、
身体の老化のサインを感じることも多くなりました。


いつまでも「若手のつもり」でいたつもりだけど、
そうではないことが現実的に突きつけられる機会が増え
自分自身の実態がおぼろげながらわかってきます。



そしてふとしたきっかけに、
自分は「何者にもなれない」という現実に
気づいてしまいます。


今まで薄々気づいていてはいたけれども、
ついにその真実に気がついてしまうのです。

どんなことであれ、事実はいつだって残酷なのです。


そんな残酷な現実を突き付けられる恐怖から逃げるように
ついつい仕事の忙しさに逃げてしまいがちですが、
まとまった時間ができてしまった時などに、
考え事をついついしてしまいます。

(今回私のきっかけは、年末年始の休暇でした。
久しぶりの長期休暇ですから、寝だめして体力を回復したら
夜な夜な考え事をしてしまいました。)





そして、色々考え事をしてしまいました。
仕事のこと、家庭のこと、親のこと、未来のこと・・・。

「自分は何者にもなれない」のではないかという不安に
襲われてなかなか寝つけない夜をすごして、
ついに
「自分は何者にもなれない」ということに
気づいてしまったのです。


普段は、まとまった時間が欲しい
長い休みが欲しいなんて思ってましたが、
ヘタに考える時間の余裕を持つもの怖くなります。



自分の可能性が閉ざされてしまったというか、
これからの未来が見えてしまうというか、
想像できてしまうというか、
これから、大きな変化を想像できないというか・・・。


今更、もう自分は何者にもなれないという
紛れもない事実を自分自身につきつけることになるのです。


寂しさというか、焦燥感というか、喪失感というか、
嘘だと言ってほしい、事実ではないと言ってほしい、
何とも表現することのできない漠然としたブラックホールが
私をのみこんでいくのでした。


そして、
年末の健康診断でも、10年前と比べて
不調を訴えるような診断も出てきて
自分の未来の選択で悩むよりも、
健康の悩みが出てきてもおかしくないような年齢に
なっているんです、私。



何をやるにもチャンスがあれば、今やっちゃわないとねって
分かってはいるんだけれど、なかなかそうはできなくて。



何をするにも、まとまった休みでなくっちゃできないし。
まとまった夏休みまであと、何か月だ!?
なんて考えてみたものの、
そもそも、体も動くうちに迎える夏休みって
一体あと何回あるんだろうなって考えてしまって
ちょっとゾッとしたりしました(汗)



かといって時間もないし、お金もない。
そして、体力も随分減ってしまっている。
中途半端な、上司になってしまって、
会社でも、昔ほど同僚たちと飲みに行くことも無くなった。


でもって、
今仕事辞めたらって考えてみる。


最初は、ストレスと多忙から解放されて
良くなるだろうけれども。
きっとすぐに暇になるんだろうな。
しかも、漠然とした不安を抱え、
ひたすら暇に耐えないといけなくなるんだろうな。


学生時代の友達とも、すっかり距離を置いてしまった。
近所付き合いも大してやってないし、
だって働き盛りに友達にしろ、
近所づきあいにしろ
なかなかできませんからね。
外に出るのも億劫になると思います。


お金も、収入が無いとなれば使えなくなるしね。
お金が使えないというのは、とても不便だし、楽しくない。
そして何より、財布が寒いと人間は幸せにはなれない。


そして、また一から仕事を探すのも面倒だ・・・。
そうするとクヨクヨ悩んで、寝れない日々が続くだろうし。
充実感も無い、自信も喪失していきます。
そうなると、忙しいうちが華ってことになっちゃいますよね・・・。


そこでね思うわけですよ。
今のままではいけないけれど、
今のまま以外のことをしようにも、
どうすればいいのかわからない・・・。



なんか、
充実してぇな。
尊敬されてぇな。
幸せになりてぇな。
不安から解放されてぇな。

あ~お金があればな。

まずは、小金が欲しいな。

そうだ、小金が欲しい。


小金があれば、
色んなことができる。
ちょっとは充実できると思う。
小粋なバーに行ったり、
ちょっとしたことで値段を気にしなくても買えたりする。
そうすれば、今よりは少しは充実できるのではないかと思うわけです。


小金があれば、
後輩や部下を連れて飲みに行けるわけですよ、
飲み食いを奢れば、尊敬とは言わずとも
少しは、敬ってもらえるんですよ。
奢る人間は、魅力的ですから。
小金があれば、少しは敬ってもらえるようにお金を使い、
自分自身の満足度を上げることもできると思うわけです。

(一銭も使わず、人間的魅力でみんなが付いてくるなんてことは
どんな大人物であってもありませんし、勘違いでしかありませんからね。
金は使わないと、心はつかめません)



今の自分にとって財布が温かければ、
少なくとも不幸ではなさそうだ。



不安から、解放されるってなんだろう。
やっぱり、会社を辞めるに辞めれないというのが
自分自身の心の足かせとなっているのは間違いない。
決してこの会社を辞めることは、出来ないと思って日々働くか、
ここをいつ辞めてもいいのだって思って日々働くか、
どっちが精神衛生上良いかは明白です。
それには、やはり収入が途絶えても大丈夫な小金を持つことで
この問題は解決するのです。


「最悪、クビになっても大丈夫」な状態を築き上げることは、
非常に重要です。


でも、
リターンを考えるとリスクは、
取らなければければありません。

ノーリスク、ノーリターン。




ジリ貧になってしまう前に
チャレンジをしなければいけません。
このままでは、このままなのだ。



チャレンジに、良いも悪いもないのです。
チャレンジは、どんなことであれ美しいのです。




やっぱり、チャレンジして
小金を作ろう。



そのためにはどうするのか、
今働きながら、自分のできること、
自分自身の棚卸をしてみました。

このブログ → 収入とは程遠いですね(笑)どちらかというと
アウトプットとしての働きが強いですね。頭の整理・毒吐きといった趣です。


ドラム → 完全趣味ですね。充実はしてるのですが、お金にはならないと断言できます。


人を笑わせる → なかなかお金につなげられない。
要素としては悪くないんですが直接お金に変える術を思いつかないです。


本を書く → それなりに本は読んできましたが、本を書くとなると二の足を踏みます。
読書分ををアウトプットする機会もなく。今、原稿用紙に向かう時間を取るのは難しいかな。
原稿を書いても、それから出版元を探す。現実的に難しいですね。印税は、夢でもありますが。


人を喜ばせる → これも、なかなかお金につなげられないな~。
要素としては悪くないんですが直接お金に変える術を思いつかないです。


ジョークグッズ →アイデアはいくつかあるのですが、
まずは商品ありき、在庫ありきの話なので、
まずはお金が要りますし、難しいですね。
そして、なにより分野的に儲けにはなかなかつながりにくいかも(笑)
いいアイデアいくつかあって試作も作って、周りの評価も悪くはないのですが(笑)


株取引 → 実は、学生の時からやってますので、かれこれ20年くらいの取引歴があります。
親父直伝のマニアックな取引で、損も得も経験をしていますので、
ここらでこれを活かすのが一番手っ取り早いかもしてません。
これまでの集大成というか、前から試してみたかったシンプルな方法があり
自分の仮説(?)を試したかったのもあるので。


色々と考えた結果、

自分は「何者にもなれない」という現実に
気づいてしまったので
2019年の今年は、
株取引で自分のやり方でチャレンジし
きちっと成果を出します。

※2018大納会も2019大発会も荒れて
地合があまり良くないのはわかlつてるつもりですよ(笑)


でもね、お金を持ったから幸せになれるかっていうと
それはそうじゃないっていうのも薄々気づいているんです。



でもね、このまま財布が寒いままじゃ、
人生を楽しめないってことにも、
はっきり気づいたんですよ。


一度の人生、
決心し、小さくとも
一歩を踏み出すのが正解なのです。




でもって、お金を動かす緊張感は、
きっと男として、ギャンブラーになんかあるような
鋭い眼光というか、よい意味での、判断力というか
ギラギラしたというか、欲望に素直になることで
例えるなら、オオカミのような、
会社員のように飼い慣らされてしました犬には無い、
危なっかしい魅力が備わるのではないかと、
密かにそんな期待もしています(笑)





自動撹拌マグ
ボタンを押すと中のスクリューが回って自動でかき混ぜてくれるマグ。ジョークグッズと思いきや結構使える




マイティマグ
倒れない 保温性あり 食洗機対応(中カップ) と三拍子揃ったマイティマグ♪♪ 作業中も倒れる心配もなく、数時間はあったかいままの紅茶が飲めてオススメ。







「ドアを開けても、何も見つからない。
そこから遠くを眺めてるだけじゃ。
別にグレてるわけじゃないんだ。
ただこのままじゃいけないってことに気づいただけさ
そしてナイフを持って立ってた。」
(「少年の詩」The Blue Hearts 作詞:甲本ヒロト)



歌詞の「ナイフ」ってのは、「刃物」じゃなくて
「自分自身の光る武器」の喩えだと思うんです、僕は。





なんしか、カッコいい大人になろう。





中年宣言

中年になったからといって、
なにも哀れな存在になったわけでも、
申し訳ない存在になったわけでもない。
若くないことを恥じる必要なんか毛頭ない。
むしろ逆なんだ。
われわれ中年は象より賢く、
鳥よりも狡猾であり、
力強さにおいては狼を凌ぐのだ。
われわれ中年は己を知っている。
人生において何が大切であるかを弁えている。
われわれ中年は世間の何たるかを知っている。
人間の機微が分かっている。
加うるに、自分の成し遂げようとする目標を持っている。
同時に己の限界を承知している。
そして、何よりも、人生の楽しみ方を知っているのだ。


伊丹 十三