「あやうく一生懸命生きるところだった / ハ・ワン(著)、岡崎暢子(訳)」
を読みました。
これはですね、「色々考えさせられる言葉たち」が
ふんだんにちりばめられたエッセイですね。
決して、「一生懸命」が悪いんじゃないですが、
私も含め現代人の、ついつい頑張ってしまって自らを苦しめ辛くなる。
自分で自分を結局は追い詰めてしまいがちな我々に警笛を鳴らしてくれる
1冊だと思います。
そんな、私の心のをえぐった言葉たちを少し紹介します~。
人生にも「ストップロス」が必要だ。
タイミングを逃すと、少しの損害ですむものが大損害になる。
自分がどんなに右に行きたいと願っても、
大きな流れによって左に押し流されてしまう場合もある。
人生に正しい選択なんてない。
人生のすべてをコントロールしようと考えてはいけない。
だって、そもそも不可能なのだから。
会社員は、自分の時間と引き換えにお金をもらっている。
みんなが良いというものが、
はたして自分にとって良いものなのだろうか?
下着はいつでも後回しだった。
理由はたった一つ。外から見えないからだ。
僕は外から見えるものだけに価値を置く人間だったようだ。
これは、単純に下着だけの問題ではない。
人生全般においても、そんなふうだったのではないか。
もしかすると、
もっとやらかすべきだったのかもしれない。
たとえ下手こいたとしても。
いつかはみんな退職する。
僕はほんの少し早く会社員を辞めただけ。
そう考えると、気持ちがいくらか軽くなる。
こうなりたくて必死に勉強してきたのか?
大人たちが言った「幸せ」とはこういうことだったのか?
僕らには挑戦する権利がある。
試しもせずにあきらめると、
あきらめたことは心の片隅にずっと残り続けるから。
たぶん、お金のために自由を後回しにし続ければ、
僕らは一生自由になれない。
自由を知らないまま老いて死ぬコースの一択しかない。
このままでは危ない。人生は一度きりなのに!
夢見た通りにいかなくても、
人生が終わるわけじゃない。
与えられたこの人生を生き続けるだけだ。
結局、今をどう捉えるかの違いだ。
何事も思い通りにならないのが正常で、
自然なことである。
望みが全部叶ったら……これ以上の災難はない。
自分が自分の人生を愛さずして、
誰が愛してくれるだろうか?
煮え切らない多数を攻略するより、
沸騰中の少数を攻略する方が成功率ははるかに高い。
誰かに合わせても、うまくいかない。
人々が好き好むものを並べ立てて失敗するなんてよくあることだ。
人の好みは十人十色、そう簡単に推し量れるものではない。
“いいね!”のために生きると疲れる。
誰かに合わせようとすると、だんだん疲れてくる。
結果なんかわからないのだから、
自分の好きなことをやった方がいい。
自尊感とは、
ありのままの自分を愛することだから。
「もしかすると、
もっとやらかすべきだったのかもしれない。
たとえ下手こいたとしても。」
(ハ・ワン)
なんしか、カッコいい大人になろう。